お気に入り俳句帳を開始
Googleノートブックの最も適した使い方を見つけた。
ネットで出会った記事から気に入った俳句を切り出してスクラップするのだ。題して、土曜日お気に入り俳句帳。左サイドにリンクしておこう。
Googleノートブックの最も適した使い方を見つけた。
ネットで出会った記事から気に入った俳句を切り出してスクラップするのだ。題して、土曜日お気に入り俳句帳。左サイドにリンクしておこう。
今日の日経、年末読書特集の俳句の部(筆者は正木ゆう子)に面白い句が紹介してあったので記録しておく。山本紫黄「瓢箪池」より。
生別も死別もいづれ春の水
言われてみればその通り。そして「春の水」は早春の水かなあ。まだ冷たいけれどどこか春を感じさせる水、いずれ確実に対面する死とは春の水なのである(と思わせてくれる)。
紫黄は「俳壇的には殆ど知られておらず、句集上梓の直後に、その反響も知ることなく急逝した。享年八十六」だそうだ。他にもいくつか紫黄の句が引かれているが、そのうちで感じた句を引こう。
日の丸は余白の旗や春の雪
「君が代」に起つも起たぬも蝌蚪の昼
ネットを検索したら紫黄に興味を持ってらっしゃる方がいらした。「飄々としたユーモアで、境界線にバランスをとって立っているような感じ」と紫黄の句を評している。一日一句を採り上げて記事を書かれているので毎朝の巡回コースに組み入れさせてもらおう。
朝(俺の場合、午前3時過ぎが朝)の定例行動は
(1)このブログの「今日の一句」(右サイド下方)に手元の歳時記から一句を拾って書く。
(2)清水哲男『新・増殖する俳句歳時記』の今日の一句を読む。
(3)坪内捻典「俳句e船団ホームページ」の今日の一句を読む。
と、今日の一句三点セットである。
そして、(3)の捻典さんが先日、俳句伝統派宣言をされた。面白く、また、作句の重要なヒントになるので引いておく。「冬の駅前犬過ぎ人過ぎぬけがら過ぐ」加藤楸邨の記事でこう書いている。
最近、思うのだが、私としては俳句の伝統派を宣言したい。初期の俳諧、すなわち宗鑑や貞徳などに始まり、芭蕉、蕪村、子規と続いてきた俳句の伝統を継ぎ、それを未来へ向けて開く伝統派だ。もちろん、日本伝統俳句協会などよりも本格的な伝統派。日本伝統俳句協会の俳人などはせいぜい虚子を継ぐモダニストに過ぎない。
そして翌日、「わが音となりて歩けり冬の靴」加藤楸邨の記事で俳句伝統派の要件を定義している。
昨日、「俳句の伝統派」を宣言した。伝統派の条件の一つは、俳句の基本が言葉遊びだということを理解していること。また、すでにある何かを表現するのではなく、575音の言葉自体が何かを表現するという機微を理解していること。この2つが俳句の伝統派の要件だ。
これを俺流に表現すると、俳句とは(1)言葉遊び(2)事実世界の何か(すでにある何か)ではなく俳句自体が記号世界の独立した存在であるという機微ということだ。
つまり、俳句は言語ゲーム(ウィトゲンシュタイン)→チェスの駒が「何か」を意味しているのではないのと同様に、言葉(語、さらには文)も「何か」を意味してはいない。言葉の意味とは言語におけるその使用形態(体系)の代表例ということになるのだ。
おお、捻典さん(俳句伝統派)は芭蕉とウィトゲンシュタインを結びつけていたのだ。俳句は(写生俳句でさえも)記号世界における言語ゲームである。だから、屁理屈好きの俺は俳句で遊んでいるのだと得心したのである。短歌は情、俳句は理(遊び)なり。
※捻典さんの画像を探したのだけれどあまりなく、不鮮明な写真しか見つからなかった。坪内稔典氏 講演「詩と俳句のことば」から勝手転載するが、この講演要旨、読んで損は無い。伝統派宣言するその心がわかります。
君と来て君と見てゐる雨の月
先日の俳句王国、自由詠で「月の雨にぎり鋏の小さき鈴」若林由子という句が出されていた。手元の歳時記の季語「雨月 雨の月 月の雨」を引くと「雨のためあいにく名月が見られないことをいう。惜しい心持が一層侘しさを募らせる」とあった。いい季語だなあと思いその場で「月の雨下げたる株がまだ下がる」なる駄句を即吟した。そしたら、先週金曜日の満月の日(10/26)株式ネット中継ストックボイスの岩本さんが「雨でも満月」と書かれていたのでさっきの駄句を投稿してしまった。
本句は以上の経過を経て駄句の上塗りとして生まれた。株の句よりは風情があるだろう。写真は残念ながら論理的につけられない。雨の月は見えないのだから。
泰二さん、ワーフさんから句会に関してあたたかいお言葉を頂戴しました。ありがとうございます。
残念ながら、小生、相場に(少々傷めつけられてはいますが)没頭しており、句作の余裕が生れてまいりません。申し訳ありません。サブプライムローン問題解決までご容赦をお願いいたします。
なお、別宅にて元気に相場日記その他は続けております。突然の安倍政権崩壊が内需転換・構造改革(小泉構造改革なんど糞食らえ)の始まりの始まりになるように願っております。
こういう機会は滅多に無いから現代俳句協会のサイトから俺の一等賞句及び上位句の講評をここに記録しておこう。評者は松田ひろむ氏。
類想から離れる(第75回)
今月も新顔と見られる方が上位に増えて、これからますます楽しみです。
前回は「一」の多様の安易さを指摘しましたが、今月はほとんど「一」はありませんでした。こうした互選のネット句会ではいかに類想類句から離れるかを絶えず意識して欲しいと思います。
得点 番号 句 俳号(会員番号)
13 1092 たましひをそつと吐き出す蛍かな 土曜日
「蛍狩して魂を置いてきぬ」(関戸靖子)など蛍のはかなさは魂につながりますが、作者は、その蛍自体を見つめて「たましいをそっと吐き出す」とみたのでしょう。想念よりも写生的な表現を肯定できます。
其子等に捕へられむと母が魂蛍と成りて夜を来たるらし 窪田空穂
蛍を母と見たこの歌は印象的でした。
13 274 すれ違う風も旅人夏帽子 中村 光声
明るい夏のイメージ、「風も旅人」が爽やかです。そういえば「夏帽子風がめくりぬ旅の顔」(小檜山繁子)も同じ印象でしょうか。
12 482 ペン立てに耳掻き混じる桜桃忌 湖石
確かにペン立てにはなぜか耳掻きがありますね。それと桜桃忌。そのかすかな違和感のなかに確かな詩情が感じられます。
「想念よりも写生的な表現を肯定できます」が有難く嬉しいコメント。俺にとって、写生への道を一歩踏み出せた記念すべき句だと思おう。ありがとうございました。
ちなみに、蛍にちなむ短歌を一首、引いておこう。この歌をウロ覚えていなければ一等賞句は得られなかったかもしれない。相場も俳句も記憶のゲームである。
正直言ってちょっと句作がマンネリ気味というかやる気がちょっぴり落ちていた。
そこへ思わぬ一等賞。インターネット俳句会で俺の句が13点も頂戴したのだ。
たましひをそつと吐き出す蛍かな
俄然、やる気が出たとまでは言わない。うれしさがじわじわっとこみ上げる。市場は作者の思惑を超えるものだと感じている。
このところ、前日に写真俳句を公開。翌朝に例句等ぐちゃぐちゃ追記というパターンを採用していたのだが、今朝は相場が気になって、また、別宅3に手がとられて、俳句まで手が回らなかった。
でもインターネット俳句会は忘れずに投句。今月も零点かなあ。俺は実はガラスのハートである。だからランキングとか得点とか株価に鋭敏過敏。夜も眠れぬ思いをしているのだ。
師匠からメールを頂戴した。実に的確な指摘だと思うので、ご許可を得ずにその一部を参考までにここに記録しておく。
「土曜日さんは、ライブドアのブログで気楽な口ずさみを続けていらっしゃるせいか、
句に突き詰めたところが少ないようにお見受けします。テーマが重いのに表現が軽い、そういう不釣合いを感じます。
これからどういう方向を取られるのか、興味を持って期待しております」
自分の立ち位置はなかなか自分ではわからない。こうして客観的ポジションを示唆して頂いてまことにありがとうございます。「突き詰めたところが少ない」のはひょっとしたら生来の性格に由縁するのかもしれないなア。
「亀泳ぐ浄土寂土へ時超えて」で引いた例句、「人あまた泳がせて海笑ふなり」の作者は桂信子ではなく鈴木真砂女だった。何かで読んで手元の歳時記に書き込むときに誤ったのだろう。
昨日、長谷川櫂「現代俳句の鑑賞101」を読んでいてたまたまこの句に遭遇したので誤りが判明した。阪神が十連敗免れた御利益ではなかったろうか。
春の虹壊れて鳴らぬオルゴール
インターネット俳句会での1点句。悪くない出来とは思っていたが、観念操作だけで作ったものなのでこんなものかとも思う。「春昼のすぐに鳴りやむオルゴール」木下夕爾にヒントを得たようにも記憶している。
「閑暇あり早期退職春の虹」に続く春の虹の句である。虹を写真に撮りたいなあ。
青苔や膝の上まで春の虹 一茶
春の虹旅を夢見る子と仰ぐ 堀口星眠
春の虹消ゆまでを子と並び立つ 大野林火
武蔵野の森より森へ春の虹 鈴木花蓑
ほうら見ろ。観念句なんか例句にはひとつも無いだろう、と反省中だ。観念ではなくモノを詠え。
インターネット俳句会で1点頂戴したのが嬉しかった。というのも、啄木はわが少年時代の(憧れのとまでは言わないけれど)詩人であり、この句はそんな昔を思う句であるからだ。
今にして思えば、啄木の短歌+中年時のカラオケ修行→日経歌壇投稿短歌(49首入選。ついでに朝日も1首)→ブログ開設/ハイクブログ→写真俳句と一連の流れが形成されているのである。こうしてみると、俺の人生、なかなか首尾一貫しているではないか(誰も言うてくれへんから自分で言う)。
四月のインターネット句会での獲得ポイントは次の通り。
少年の空戻り来よ啄木忌 1
揺れているあなたと僕と春の月 3
花時雨明るく降りて淋しさよ 0
春の虹壊れて鳴らぬオルゴール 1
日曜の歌壇俳壇春時雨 0
前回(初参加)に比べて獲得ポイントは半減。前回と同様に、主観と客観のギャップを認識したのであった。やっぱり俺はひとりよがりなのだ。
選句した句は以下の通り。人情句を選んでいるとあらためて思う。
| 496 | 生涯を下町住まひつばくらめ | 喜多川 水車 |
| 144 | ブックカバー新しくして誓子の忌 | 向後崎 ふみ |
| 149 | 春月や駅裏の路地知りつくし | 木津 二郎 |
| 159 | 姉娘また叱られてゐる四月かな | 水谷 よし |
| 497 | 志ん生の廓噺や夕ぼたん | 喜多川 水車 |
春惜しむ上野公園奏楽堂
昨日、「愛かたるまあるい地球春惜しむ」で季語が動くなあと少しく欲求不満だった折に、毎日ビデオで観ている「ぴあのピア」を鑑賞していたら、奏楽堂が出てきた。途端に「春惜しむ」とつながって本句となった。実際に現地に訪れたことはまだないが、「奏楽」ということばがいい。どこか典雅な雰囲気がするし、吹奏楽(中学、高校とやっていた)にも通じる。俺にとってはまさに惜春の句だが、普遍性があるかどうかは定かではない。
あんぱんの葡萄の臍や春惜しむ 三好達治
惜春のいつ失ひし備忘録 木下夕爾
窓あけて見ゆる限りの春惜しむ 高田蝶衣
老いに鞭うつて勤めや春惜む 川上梨屋
三好達治の句は名句、俺はこんな句をつくるようになりたい。最近何度も書いているけれど無内容な句こそが高く広い象徴性を持った名句になると思うからだ。
昨日、燕を見かけた(と思う)。飛ぶスピード、腹部が白かったことからして燕に間違いないと信じている。
初勝利楽天の星初つばめ
ご存知ない方もひょっとしていらっしゃるかもしれないのでリンクを張っておこう。一昨日楽天の新人投手「田中1勝でかした!13K完投」だったのである。そして昨日も楽天は勝って【楽天】初の本拠地同一カード3連勝なのである。王監督には悪いけれどこれでソフトバンクと並んで3位に浮上。春の椿事というべきである。
ついでに、「楽天、TBS株買い増し 20%超へと意向通告」とこちらも元気だ。そうだ俺は楽天の一株株主だった。TBS乗っ取りに成功した場合の保険で一株だけ買ってずうっと含み損のままだけれど。
初参加の成績及び選句は以下の通り。
<投句のポイント獲得結果>計10点
人の世に青き空あり花辛夷 4 点
凡人の平凡な庭すもも咲く 1 点
菜の花やこんな私も生きてゐる 3 点
シヤボン玉愛の向うは広い空 0 点
春風や友に弔辞の京言葉 2 点
「シヤボン玉」が一番の自信作であったが、主観と客観とは食い違うものだ。ともかくもまあ、千句以上から選んでいただいたのだから有り難い話である。
ちなみに高得点句5句を転載する。以降の高得点句は現代俳句協会を参照。
11点 卒業生静かに手話の別れかな 貢人
10点 春昼を掻きまぜている象の鼻 石口 翼
10点 三月の風モナリザにある鎖骨 暁 兵
8点 アネモネという言の葉の眠さかな 坂井 八佑
8点 行く春や廃線列車に挙手の礼 北川
<俺の選句>
春泥にステップジャンプ赤ブーツ 公 剛
職退いて新聞小説春炬燵 藤岡初尾
紅梅や旅立ちの日の深呼吸 帯 ひろし
三月の風モナリザにある鎖骨 暁 兵
菜の花やゆらゆら昇る観覧車 松井 ただし
「モナリザ」は採っていたなあ。後は高得点句にはなかった。多様性こそ豊穣の海である。
初案「エプロンは栗原はるみ桜漬」だった。
デパートにお洒落なエプロン桜漬
初案では普遍性に欠けるので本句となった。あくまで一般論だが、若く美しい伴侶が可愛いエプロンをしてるのを見るのはなかなかいいものである。これに対して割烹着は、また別のシチュエーションで見たいものだ。吉永小百合の割烹着なんかはどうだろう。
止みさうな雨あがらずよ桜漬 岸田稚魚
いと軽き石のおもしや桜漬 高浜虚子
須磨寺に止まる春や桜漬 伊東極浦
桜漬ふはりと開く誕生日 安斉君子
漬物の季語(花菜漬、桜漬、木の芽漬)及び和え物等(木の芽和、蕗味噌など)に生活感と色気を感じる。そこで、小道具妻で練習一句「何思ひ妻割烹着木の芽和」。
※画像は商品詳細 栗原はるみ 『haru_mi』 ナインポケットエプロンから勝手拝借/感謝です。
先日の俳句王国に山田吾一が出ていたが、声が大きかった。
大音声波乱万丈涅槃西風
そこで、大音声(だいおんじょう)が浮かび、語呂合せで波乱万丈とつながったものだ。そういえば、俺も声がでかい。家庭環境のせいだと思う。
原子炉の町の夜ふけの涅槃西風 鈴木六林男
むづがゆき翼のつけ根涅槃西風 正木ゆう子
涅槃西風けふ生かされて蛇眠し 大木あまり
千羽鶴千羽に足りず彼岸西風 柴田白葉女
例句検索は大型俳句-俳句関連文書データベース検索エンジンに拠った。昨日見つけたばかりだけれどなかなか検索性能がいいと思う。
俳句を始めなければ、涅槃西風(彼岸西風)などという言葉を知ることはなかったろう。春風とはまた別の実感が湧きつつある。春風が彼岸に俺を押してくる。
※写真はアクターズプロモーション - 山田吾一から勝手拝借/感謝です。
十三に春の雪降るがんこ寿司
ご存じない人もいらっしゃるだろうから、十三は「じゅうそう」と読む地名だ。阪急京都線・神戸線・宝塚線の交点にあたり、梅田からは淀川の対岸になる。俺の青春の土地だ。木川劇場で検索かけると十三ミュージックに名称変更が出てきた。まだ、あるやん。懐かしいなあ。そして、がんこ寿司(銀座に立派な店がある)も十三が発祥の地である。
春の雪ふる女はまことうつくしい 種田山頭火
春の雪ゆつくりと降りさびしけれ 細見綾子
春の雪しばらくつもる渚かな 大峯あきら
舌に溶く甘納豆や春の雪 三橋敏雄
淡い感情のここちよさを春の雪は伝えてくれる。もっとも東京の春の雪は例年どかんと降るのだが。
春場所が終った。ご贔屓の気合たっぷり安馬はなんとか勝ち越して小結を維持できた。し
かし、豊真将に負けたなあ。豊真将は基本を備えた風格ある本格派。いづれは横綱だろう。
気合では勝てぬ相撲や春の風
句風、作風、芸風、風格、風貌など風は人のまわりのオーラのようなものだ。ちなみに豊真将は、武士を思わせる堂々とした風貌で、また勝ち負けに関係なく、取り組み後に深々と礼をする所作が清々しいという声も多い。金を稼ぐことの厳しさ、人間関係の重要性は警備会社のアルバイト中に学んだといい、これが人間性を大きく高める契機となったとのことだ。来場所の朝青龍との対決が楽しみである。
象老いて小さくなりぬ春の風 田中裕明
春風や聖者に似たる河馬の顔 後藤比奈夫
山頂に春風ふわりたまご焼 宮嵜亀
春風という肉体の行きずりぞ 永田耕衣
こうしてみると俳句って面白い。春風でたまご焼が出てくるなんて素晴らしいなあ。自由でかつ必然的な連想の妙を感じる。「春風でオムレツ冷ます昼下がり」即吟できたけど、これは物まねである。
※写真は豊真将SANSPO.COM スポーツから勝手拝借/感謝です。
白鵬が(ちょっと後味の悪い)勝ち方で優勝したけれど、他の大関がねえ。
大関は引き立て役の牡丹かな
特に魁皇。怪我(親指の爪をはがしたらしい)もあるけれど、もう少しなんとかならないものか。強いときは物凄く強いだけにじれったいのだ。それから琴欧州も、愁いある貴公子ぶりを脱却して、スケール大きい相撲を展開してほしい。
牡丹は夏の季語だけれど、これ以外に弱い大関を形容する適切な季語を知らない。
牡丹散て打ちかさなりぬ二三片 蕪村
白牡丹といふといへども紅ほのか 高浜虚子
夜の色に沈みゆくなり大牡丹 高野素十
虹を吐いてひらかんとする牡丹かな 蕪村
牡丹はスケール大きく詠うべき花だ。蘇東坡(そとうば)などの中国の詩人がことに愛し、「百花の王」と呼ばれた。また、菊、芍薬(しゃくやく)とともに「三佳品」と称賛されたそうである。今日のところは相撲でひとまず稽古であった。
※写真は魁皇SANSPO.COM スポーツから勝手拝借/感謝です。
これもだいぶ以前の漢字俳句。蜆汁の季節まで待っていたものだ。
蜆汁深川寓居遺影妻
遺影妻は秀句「遺影妻春や雲公してくるよ」永田耕衣から頂戴した。漢字だけで虚構を構成するという品の無いことをやっているので、秀句を汚しはしまいかと恐れている。
蜆汁生涯ふたりの箸揃へ 淵脇 護
この顔に秋かぜ馴寄る蜆汁 天野 忠
「蜆汁」は生活観と詩情を感じさせる季語だ。もう少し人生に習練したら使ってみよう。あ、天野忠の句は季重なりだけれど明らかに秋の句であった。
真鶴の中川一政美術館のロビーで観音様の写真かなにかを見たときに、上五中七が浮
かんだ。
観音の色香に惑ふ春の闇
そうすると後は季語だが、「をみなとはかかるものかも春の闇」日野草城から頂戴して完成した。「春の闇」がなまぐさくなる季節まで在庫していたものである。
千里より一里が遠き春の闇 飯田龍太
灯をともす指の間の春の闇 高浜虚子
鍵穴の指に触れたり春の闇 連 宏子
寝返れば秒音とまる春の闇 楠本憲吉
龍太はエロティックな「春の闇」を上品に昇華させ、かつ、志を感じさせる句に仕立てている。俳句はいのち(エロス)であり志であると思う。俺の句は志以前に惑っているのだが。
※画像は真鶴町立中川一政美術館から勝手拝借/感謝です。
泰二の俳句教室でクリニックを受けて、自分なりに考えた。それは
(1)一番言いたいことは言わない。ほのめかす色気がニクイのだ。
(2)写生も基本は取り合わせ。取り合わせで写生するのが(俺にとっては)やりやすいということに気づいた。「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」子規も取り合わせの句(柿と法隆寺)だということを、坪内稔典「柿喰ふ子規の俳句作法」に教えてもらった。
ということだ。成果は明朝に、あんまり期待しないでね。
東京混声合唱団演奏の童謡(「夕焼け小焼け」など)をテレビで観て涙ぐんでしまった。
童謡の混声合唱春の暮
郷愁というのだろうか。何か具体的な思い出があるのではないが懐かしくて泣いてしまうのだ。その感動を俳句にしようとしてもこの程度である。しようがないからこのビデオを永久保存にして推敲の種とする。
ふる雨のおのづから春夕かな 久保田万太郎
傾城のうすき眉毛や春の暮 松瀬青々
雪つけし飛騨の国見ゆ春の夕 前田普羅
春夕べ襖に手かけ母来給ふ 石田波郷
「春の暮」を「春暮るる」と動詞形にしたのだけれど、よかったかなあ。「暮の春」(春のまさに果てようとするの意)の意味になってはしまわぬかと歳時記を引けばまさにその通りであった。季語を変えるよりは、句を直すことにした。
改憲も護憲もいらぬ猫の恋
ところで、従軍慰安婦問題。昨日の夕方のぶらさがり取材に対して安倍総理は「私の発言自体がある意味ねじ曲げられて海外で報道され、それがさらに誤解を拡散させていくという極めて非生産的な状況になっている」との発言をしてこれ以上のコメントを避けていた。これ、ちょっと拙いよ。誤解を生んだらそれを解くのが政治家であるはずだ。憲法を参院選の争点にするからは、もっと慎重に進めないと目標達成できないぞ。
ちなみに、従軍慰安婦が"sex slave"と英語で表現されているのを昨日ニュースの画面で知った。この点だけでも日本と外国との距離は相当にあると思う。
うかれ猫奇妙に焦げて戻りけり 一茶
恋猫の恋する猫で押し通す 永田耕衣
恋猫の皿舐めてすぐ鳴きにゆく 加藤楸邨
色町や真昼しづかに猫の恋 永井荷風
荷風には他に「行春やゆるむ鼻緒の日和下駄」「葉ざくらや人に知られぬ昼あそび」があるそうだ(増殖する俳句歳時記)。色気を感じた。勉強したくなった。
※写真は米議会で証言する元慰安婦の韓国女性。慰安婦決議、米でクローズアップの背景から勝手拝借/感謝です。
椰子の実も貝殻も乗せ春の潮
ネット検索すると、「椰子の実」は
民俗学者柳田國男が明治31年の夏、伊良湖に1か月余り滞在したとき拾った椰子の実の話を、親友の島崎藤村に語ったところ、それが素材となって椰子の実の叙情詩「名も知らぬ遠き島より流れよる椰子の実ひとつ・・・」が生まれました。
とある。しかし、更にその背景として
自身が姪との不倫の末にフランスに渡った時の寂しい生活の思い出とを重ね合わせて書いたもの
との指摘記事もある。詩歌の背景には作者の様々な事情があるが、いったん形になれば形はそれを濾過することもあると思う。ちなみに、俺は藤村は好きになれないタイプだ。
春潮の底とどろきの淋しさよ 松本たかし
春潮に指をぬらして人弔う 橋本多佳子
春潮のまぶしさ飽かずまぶしめる 中村汀女
春潮やわが総身に船の汽笛 山口誓子
俺の掲題句は観念だけでつくっているなあと反省しきりである。観念は親の敵なり。
ともかくも春場所が来て朝青龍
興味はなんといっても朝青龍だ。ちゃんと稽古しているだろうなあと思いつつ検索してみたら、「初場所後はモンゴルに帰国。先月26日までは4日間の日程でモンゴル大統領の訪仏に帯同し、フランスのシラク大統領から激励も受けた。その間、本格的なけいこはしてこなかった」となんとフランスまで行ったんだって。しようがないなあ。星なんか買うなよ。
もうひとつの興味はNHK。中継で八百長については一切触れないだろうと予測している。
春場所の太鼓に運河光るなり 渡辺亀齢
手元の歳時記に「春場所」は無いけれど、わたしの俳句歳時記にはあった。八百長は無い方がいいけれど、やるんだったらわからんようにしてや。
※画像はデイリースポーツonline朝青龍「V21」に恩師が太鼓判!から勝手拝借/感謝です。
ドル高が止まったので相場は落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
円安が居心地のよし春の風邪
やっぱり、円安が属国日本にとっては当面は心地がよい。日経平均18000円回復はここ数週間内だろう。
ところで、現在のちょっぴり好景気(大企業中心)は、(1)円安(2)アメリカ、中国の好 調(3)労働ダンピングに理由があると思っている。だから、輸出が堅調なうちに労働保護強化と利上げ(ジジババに預金金利を)によって内需を確かなものにして、デフレ後戻り阻止を確実にすることを経済政策の柱とするべきだ(ドル依存からの脱却等、安倍政権の課題四本柱参照)。
なのにああ、安倍ちゃんのアホウめ、改憲国民投票法案を急ぐなど改憲を参院選の争点にするという一見美しい国愛国主義(実は対米従属強化売国主義)で支持率低下からの脱却を図るつもりのようだ。この経済音痴め。
政治の対立軸は(1)国家vs自由(新左翼の要件参照)と(2)対米従属vs国際主義。小沢民主党にはこの点を浮き彫りにした戦いを期待する。さすれば選挙は勝てる。共産党も選挙協力して勝てば、長期党勢低落からの脱却のチャンスになるのにナア。
おのが声わすれて久し春の風邪 水原秋桜子
日本が「おのが声」を取り戻して世界の平和のために発言し行動すること。それが長期的に平和と繁栄を保つことにつながる。俺は安穏な老後を送りたいのだ。頼むよ、日本政府そして有権者諸君。
※画像は旗 - 片山工業(株)から勝手拝借/感謝です。
今日は啓蟄である。
啓蟄や今朝も色欲浮上せず
啓蟄や別れ話も首を出す
そういえばこのところ全く無いなあと今朝気づいた。ここ半年以内にはあったように思うのだが記憶は定かではない。出るところに出れば大丈夫だろう。
二句目は「牡蠣船にもちこむわかればなしかな」久保田万太郎から頂戴した。性(格)の
不一致だろう、多分。
啓蟄の世に出たがりの鼻毛かな 山上樹実雄
啓蟄のこゑ夢の世は夢のなか 阿部誠文
啓蟄の雲にしたがふ一日かな 加藤楸邨
啓蟄や敵も味方も供養の碑 角川源義
啓蟄とは「蟄虫(冬眠の虫)が戸を啓いて穴から出る意。春めいてくる頃である」とわたしの俳句歳時記にある。春はいのちが息づく季節であり、人生まことに夢の如きであるが、人生がたった一回こっきりなのも事実である。もう一句、できてもた。
啓蟄や耳順と云はれる歳となり
満年齢でいくとまだ一年余がある。ああ、素直になりたい。
※画像は鼻毛のごまかし方から勝手拝借/感謝です。
春疾風電撃離婚また結婚
堕天使に接吻されて春嵐
凶暴化する自然などと言われたりもしているが、やっぱり諸悪の根源は人間による温暖化にあるのだろうか。そういえば相変わらず殺人等陰惨な事件も多い。自然が凶暴化するのなら社会も人間も凶暴化して当然だ。天使ご光臨を待とう。
大正の男激減す春疾風 三橋敏雄
春疾風星またたけば星近む 広瀬直人
春疾風書棚に黒き乱歩集 北 光丘
音高く硝子戸しめぬ春嵐 野沢節子
※画像は宇多田ヒカル - goo 音楽から勝手拝借/感謝です。
人間大好き、けれど他人は嫌いである。ああ、この協調性の無さよ。
鳥の恋うるさき声の人ばかり
「鳥の恋」は「鳥交る」「鳥つるむ」である。「恋」と「つるむ」は大違い、実体は同じだとしても。「鳥の恋」を写真で撮れるようになったら写真俳句にするつもりだが、これを写すには相当の技術が必要だ。俺の寿命と根気が持つか疑問である。
美しき切手の便り鳥交る 仙入麻紀江
鳥交る日に一便の滑走路 山川安人
一人居のおそき朝餉や鳥交る 谷島 菊
茶を点てて遊べば軒の恋雀 草間時彦
そうか、「恋雀」も「鳥の恋」なんだ。これも一度使ってみたい。
草間時彦は平明で叙情的俳句をつくる人だ。俺は久保田万太郎の句が好きだけれど(「冬菫平明詩人万太郎」参照)草間時彦には勤め人らしい実直な叙情がある。
ネット句会に投句するつもりだったが、もっといい句(のつもり)を得たので在庫から放出する。
座右銘春風駘蕩台東区
漢字俳句である。来年の初参り(毎年浅草寺)に行ったら写真を撮って写真俳句にするつもりだ。
帰らなんいざ草の庵は春の風 芥川龍之介
泣いてゆく向ふに母や春の風 中村汀女
春風に此処はいやだと思って居る 池田澄子
春風の大阪湾に足垂らす 坪内稔典
芥川の句には「学校(教師)をやめる」と前書がついているそうだ。上の例句は全て現代俳句協会「現代俳句データベース」から引かせてもらった。秋風も春風もよし名句かな。
NYがまた120ドル下げた。今日の東京も下げるだろう。買いは、大抵の場合、早いのだ。買えない恐怖、買いたい心をどう押さえるか。相場は博打と同じく自分の心との闘いである。でも、(先物ではなく)現物だからずうっと持ってればいい。博打はお家のご法度なり。
株買えば春続落の下げ相場
「春続落」は「女身仏に春剥落のつづきをり」細見綾子のお陰である。実在のネットワークあれば詩歌のネットワークがある。全てはひとつの網をなしている。そして、唯一の実体は神即自然(スピノザ)と思う今日この頃である。
相場張り俳句をひねり写真撮る極楽鳥のデジタルライフ
「雄鹿の前吾もあらあらしき息す」橋本多佳子の向うを張るつもりはこれっぽっちも無い。
春鹿に恋心あり乙女子よ
わりとすんなり浮かんだ句だ。二句切れで下五は「~よ」と呼びかけて終えるという型があるのだと認識した。十七音という狭い天地に、季語と型に導かれて詩情を垂らすのが俳句である。
世にも清き濡れ眼かなしも春の鹿 森川暁水
春鹿の眉ある如く人を見し 原 石鼎
まつさらの闇から生まれ春の鹿 寺田良治
春の鹿ぽつんと歩きはじめけり 宮崎夕美
「老齢の雄は4月初旬には角が落ちてしまう。雌は秋に妊娠して、5~7月の間に出産する。子を孕んだ雌鹿は、動作が鈍く、脱毛と重なってやつれて哀れにみえる。」とわたしの俳句歳時記にある。手元の歳時記には「孕鹿」が別の項目である。「孕鹿とぼとぼ雨にぬれていく」高浜虚子。
昨日、得た句だ。「新聞の会社人事に名前読む同期の二人昇進したり」とセットで鑑賞し
て頂くとありがたい。
閑暇あり早期退職春の虹
初案「春の虹早期退職閑暇あり」だった。これは当然、順番を入れ替えて本句とすべきものだ。俺は勤め上げられなかったことを後悔したことはない。ああ、ついでに「リストラの風は冷たしこの宵は二合の酒に酔ひて眠らむ」も申し添えておこう。
春の虹手紙の母に愛さるる 寺山修司
野の虹と春田の虹と空に合ふ 水原秋桜子
乳房やああ身をそらす春の虹 富澤赤黄男
ふつつりと切れたる春の虹太し 加藤三七子
秋桜子の句は虹の句の名句だ。自然を描写することによって読者は生を感じるのである。しかし、実景なのだろうか。もっとも、そのようなことはどうでもいい。名句は名句だ。
※画像は時計 Dali(ダリ)チリチリ(Chillichilly)|Cool Modern Asiaから勝手拝借/感謝です。
「雪柳米粒ほどの涙かな」を後からつくったけれど没。
雪柳花をこぼして泣く涙
家の前の雪柳が咲き出した。まだ可憐な花がいくつか咲いているだけだけれど、満開になれば文字通り雪の降るようになる。花から女性を連想するのは自然である。
雪柳花みちて影やはらかき 沢木欣一
雪柳老の二人に一と間足り 富安風生
雪柳ふぶくごとくに今を咳く 石田波郷
雪やなぎ苑をしろくして人死せり 山口誓子
花→生→白→死というのもまた自然だ。死生一如という言葉をいま造語してしまった。
雪柳の写真をどこかから拝借しようと思ったけれど、苦心のお写真ばかりだろうと思って止めた。今日多分デジカメを買ってしまうだろう。
昨日、三菱商事を買ってしまった。
仕組まれて株価は下げる雛祭
円高は限定的。従って株安も一時的と見ている。だから、買ってしもうた。資源株人気がまだ続くと見て。やっぱり相場は博打であると思いつつも。
雛の夜の雛の料理や金田中 久保田万太郎
仕る手に笛もなし古雛 松本たかし
目を入るるとき痛からん雛の顔 長谷川櫂
きぬぎぬのうれひ顔なる雛かな 加藤三七子
加藤三七子という俳人も面白そうだ。上のリンクで引かれている句の他に「天使のごとく娼婦のごとく毛糸編む」という句をネットで見つけた。桃源郷の句であろうか。
※画像は稲取旅館協同組合公式サイト・稲取温泉こらっしぇ|雛のつるし飾りから勝手拝借/感謝です。
桃節句女はいつも謎である
「である」が自慢である。「なんである、アイデアル」などというギャグは40代以下には通じないだろうなあ。ワリと気に入っている、この句。
桃節句湯気と湯の出る魔法瓶 山畑禄郎
桃の節句獣の舌も桃色に 加藤かけい
昼空に月あり桃の節句なり 宮津昭彦
桃の日の襖の中の空気かな 正木ゆう子
最後の句がふんわりした空気が漂っていて快感だ。正木さんは「沖」能村登四郎の門下。能村のあとを継いで現在読売俳壇選者とのことだそうだ。溢れんばかりの詩情を定型の中に圧縮し、句を読んだ読者の意識のなかで溢れさせるという技と評されているが、俺も同感。他に「水の地球すこしはなれて春の月」というごっついシュール句がある。こういう人に師事するのも一案だ。相手にしてもらえるならば。
※画像は無常のコメディースターだった男 植木 等から勝手拝借/感謝です。
春野菜並ぶスーパー吟行す
そんなに愚劣ではない。しかしやっぱり詩が無い。けれど、俳句を始めるようになったおかげで前ほど退屈はしない。しっかり見ることから俳句は始まるのだ。
なにはともあれ山に雨山は春 飯田龍太
みんなして春の河馬まで行きましょう 坪内稔典
わが春も春の木馬も傷みたり 中村苑子
皆行方不明の春に我は在り 永田耕衣
こうしてみると春はいい。春は喜び愁い悲しむ季節だ。春は季語の王様だ。
※画像は野菜の栄養/春の野菜から勝手拝借/感謝です。
春の夜の春画骨董俳句かな
初案「春の夜の春画眺むる涙かな」だった。これでは意味が通じないしひねりもない。そこに「骨董」が来てくれて「春画」と「俳句」をつなげる橋になってくれた。かくしてナンセンス句となったものだ。
春の夜や浮世絵の虚と実の間 杉 良介
春の夜や背にまはりたる胃の痛み 久保田万太郎
春の夜や檸檬に触るる鼻の先 日野草城
春の夜やむかし悲しき唄ばかり 久保田万太郎
ちょっと逡巡したけれど、えいやっ。Doblog - K-SOHYA POEM BLOG -から絵を勝手拝借してきた。
酒量落ち寿命延びるや春の泥
節酒を始めて、酒量が落ちた。焼酎、酒も温かいのを飲むようにしたせいもあるのか、缶ビール一本+お湯割り三杯が限度になった。以前は、その後にオンザロックまで飲んでいたのだ。ちなみに、水曜は節酒我慢がきかない。それ以外の平日は缶ビール一本ですませている。おお、今日は金曜日。今夜一晩の辛抱だ。
大岡信「折々のうた」賛歌だ。
暖かやかなしみの歌読むたびに
前にも書いたけれど、このシリーズを全部読もうとしている。大岡信の文章は締りがあって且つ読みやすく、そして勉強になる。朝日は数年前に購読を止めたけれど、「折々のうた」が読めないことだけが残念だ(まだ連載は継続しているのだろうか)。
ところで、「かなしみ」と平仮名にしたのは悲しみ・哀しみ・愛しみと多様な字を想起させたいからだ。「かなし」は素敵な日本語だと思う。
あたゝかな雨が降るなり枯葎 正岡子規
暖かや飴の中から桃太郎 川端茅舎
暖かし赤子は泣いて世に生る 保坂リエ
ランプ点くたちまち闇のあたたかき 辻 桃子
保坂リエの句がおもしろい。「月の酒そのひまひまのものぐるひ」というシュールな句もある。着想の妙を感じさせる。<