紫の記憶まさぐる花菖蒲
久しぶりに俳句写真だ。去年に続き、青梅吹上しょぅぶ公園に今年も昨日、行って来た。去年とほぼ同じ頃に行ったのだが、去年の方が花が多いような気がしてる。写真の腕は去年と変わらず、進歩なし。来年もまた行くだろう、多分。
写真は「野川の辺り 長井古種」である。長井系の菖蒲の紫は典雅だ。
久しぶりに俳句写真だ。去年に続き、青梅吹上しょぅぶ公園に今年も昨日、行って来た。去年とほぼ同じ頃に行ったのだが、去年の方が花が多いような気がしてる。写真の腕は去年と変わらず、進歩なし。来年もまた行くだろう、多分。
写真は「野川の辺り 長井古種」である。長井系の菖蒲の紫は典雅だ。
蘇える岡本太郎冬の旅
爆発の芸術ありて渋谷駅守護神となれ岡本太郎
先日の東京紅葉散歩、浜松町(芝離宮)からの帰路は渋谷経由をとった。というのも、この壁画を撮影したかったからだ。上の句は撮った写真を家のパソコンで整理した時、歌はさきほど寝床の中で得たものである。
いずれも、この作品が、岡本太郎が40年前にメキシコで製作し、完成後「行方不明」になっていた巨大壁画『明日の神話』というタイトルでテーマは「原爆」ということを知る前の句歌である。暗合していると思えば、そう思える。もう一度しげしげと見つめてみよう。
そしてまた、俺の拙い動画。壁画の全体像、撮影している人たちが見られることに意義がある(としておく)。
また、ついでに、東京紅葉散歩、新橋から浜離宮に行く途中で迷子になりかけて出会った汐留は日テレ、ズームイン!!SUPERでおなじみのスタジオ前の動画(こちらはケータイで撮影)、モニュメントは宮崎駿作品(日テレ大時計と呼ぶそうな)である。
東京紅葉散歩の最後は芝離宮。浜松町駅すぐ傍(知らなかった、こんな公園があるのを)で、今に残る江戸初期の大名庭園です。典型的な回遊式泉水庭園で池を中心にした地割りと石割は秀逸とのことである。
無理矢理即吟である。動画濁声もまたお粗末であります。
都立庭園「紅葉めぐりスタンプラリー」というのをやっていることもあって、六義園、旧古河邸に続いて紅葉散歩は浜離宮へ。大名庭園、ブルジョア邸宅の次は「明治維新ののちは皇室の離宮」という趣向となった。新橋駅から歩いたのだが汐留新都心の高層ビル群に行く手を阻まれて大回りさせられた。そんな苦労をしてたどりついた浜離宮、もう一枚、ビル借景紅葉を付けておこう。
潮入の池(都内では唯一の海水の池)を動画撮影していたら通行の邪魔になってしまい、更には(申し訳ない)撮ってしまった。堪忍です。
そして、三百年の松(六代将軍家宣が庭園を大改修したとき、その偉業をたたえて植えられた松)とたまたま公演していた曲芸である。紅葉は多摩ニュータウンでも見られるがこういうのはなかなか見られないなあ。
六義園から徒歩20分ほどで旧古河邸である。ここは、
武蔵野台地の斜面と低地という地形を活かし、北側の小高い丘には洋館を建て、斜面には洋風庭園、そして低地には日本庭園を配したのが特徴です。
ということで、だいぶ以前に春の薔薇を訪ねて以来、二回目である。冬薔薇の写真をもう二枚、戻らぬ時間の記憶に配しておこう。
そして、今度は動画。六義園(大名庭園)よりこちらの方が味わい深い紅葉であった。
昨日は多摩ニュータウン錦秋撮影吟行。写真は多摩中央公園ダイエー隣である。下のグーグル写真では空き地になっている所にダイエー他がテナントのショッピングセンターが出来た。ショッピングセンターの隣が公園という面白い取り合わせである。
「秋惜しむ」で句を得たいなあと思って撮影したが、さっき、駄句となった。短歌と違って俳句は言い尽くさなくてもいいから楽だ(という感想は不遜傲慢であるが)。
シーズン真っ盛りの高尾山にこんなに人出があるとは知らなんだ。曇天でこれだから晴天だったらもっと凄いことだろう。
「京王マジッククラブ」という団体がケーブル駅の前でショーしてた。京王電鉄社員の愛好クラブであろうか。
弁当を買っていくのを忘れた。高尾山駅で何かあるだろうと思ったら大間違い。飲食店への義理立てなのかそれともゴミが出ないようにしているせいなのかわからぬが弁当は高尾山駅では売ってないので要注意。
写真は例の高速道路、高尾山中トンネル。中央道から圏央道へのジャンクションである。
帰りは4号路を採った。吊り橋を歩きたかったから。
ケーブル駅前広場で冬桜が咲いていた。最近、新しく買ったケータイのボイスレコーダーを句歌メモで活用しているのだが、「冬桜」で句がなかなか浮かばず、上の句はさっきテレビで「浄土が地上に現れた 復元 宇治平等院」を観て、ようやく句になったものである。
麓のケーブル駅から京王線へと戻る途中の紅葉が一番綺麗であった。人生、そんなものである。
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