モーツァルト十四歳のオペラ観る還暦前の雨の五月に
モーツァルトの歌劇《ポントの王ミトリダーテ》をBS2が放送していたので観た。14歳でオペラの作曲をするなんて天才にしか出来ないことだ。
そして、こちらは83歳のプリマ。世界遺産で舞う・マイヤ・プリセツカヤ with 梅若六郎@京都・上賀茂神社をNHK教育「芸術劇場」が放送したので(ビデオは当然に冥土の土産DVD保存)、そこから美貌のワン・ショット。
凡才はアンチエイジングに努力しなければならぬなあ。
モーツァルトの歌劇《ポントの王ミトリダーテ》をBS2が放送していたので観た。14歳でオペラの作曲をするなんて天才にしか出来ないことだ。
そして、こちらは83歳のプリマ。世界遺産で舞う・マイヤ・プリセツカヤ with 梅若六郎@京都・上賀茂神社をNHK教育「芸術劇場」が放送したので(ビデオは当然に冥土の土産DVD保存)、そこから美貌のワン・ショット。
凡才はアンチエイジングに努力しなければならぬなあ。
人生方程式<人生=損得+好き嫌い+原理(快楽、汝)>の原理(快楽、汝)なる原理関数が(自分でも)なんのことやらようわからんので、
つらつら考えたりお喋りしたが
結局、「人間は、遊び心を基本原理(快楽、汝)として損得と好き嫌いとに揺らぐ生きものである」という俺お得意のジコチューフレーズに落ち着いた。自己愛から世界愛(肯定)へつながる回路なり。
スーパーに郷里の酒を見つけたり辛口なるを確かめて買ふ
今熱中中の関心空間にさっき初めてモノ系のキーワード登録をした。
雪乃寒梅@木戸酒造合名会社(兵庫県加古川市)。これが本歌の対象だ。
対象といえば、あなたの愛の対象は何ですか?。モノか、コトか、ヒトか、それともなんなんだろう。それが問題である。
愛といふ不可思議なもの胸に抱き喧騒の街今日も歩めり
菩薩様観音様を拝み得て庭に御衣黄清しく咲けり
上野に散り始めの桜と薬師寺展(国立博物館)を見に行った。国立博物館は初めてだ。庭も花の季節で開放されているということで、上野花見(人見)、不忍池、聖観音、日光月光菩薩、吉祥天、そして(思わぬ)国立博物館庭の御衣黄の一日だった。下が御衣黄(緑色の花を咲かせる唯一のサクラ)である。
雨の中、桜通りの写真を撮るまでの根性は我に無し。歌を得たきっかけは質問:「戦争は悪だ」は真理?道理?それとも論理?を作成したこと。「価値観外交は国益になるか?」(安倍政権が倒れて質問の意味半減)とか「価値観教育は正しいか?」(初等教育では真理を教えるのは避けて、論理・道理を徹底するべし)という質問が控えています。右であれ左であれ我が祖国。
憧れて今は昔のサユリスト地上のことも夢のまた夢
写真は映画「おはん」市川崑から拝借。この映画の原作者宇野千代のこととか小百合の更なる写真については土曜日日記帳「まるで昼寝でもしたように」を参照のこと。
短歌旧作。空蝉がなぜかしらこの泰山木に止まったままだった。
ところで、この歌、俺の人生観の結晶である。すなわち、事実世界(エロス)→記号世界及び価値世界(意味)→事実世界(エロス)という生の円環運動が人生ではないだろうか。ちなみに、心(生の円環運動)の見取り図を心の哲学(4)から転載する。ここに、「概念世界」とあるのを思うところあって「記号世界」と最近は呼び変えている。
価値世界 概念世界 事実世界
客観(間主観) ⇔ 心 ⇔ 実在
信念 意志 思考(理性) 経験(知覚現象)
規範 認識(意味の他者と言語による社会的認識:悟性)
知覚(五感)
感情 感覚(体性感覚。例えば痛み)
記憶
午前3時から4時の間に起床が基本(六時間眠れば覚めるわが仕掛け検査入院夜明け待ちをり)。
ネットを開いてNY相場の模様を知る。わがブログアクセス状況をチェックする。増俳、捻典さんサイトの今日の一句を読む。本宅に今朝の一句を書き込む(俳句尻取り読み込み鍛錬と今名づけた)。ちなみに、今朝の一句は「夏帯や一途といふは美しく」鈴木真砂女。自作の在庫があれば掲載する。
NY相場模様、東京今日の見通しなどを別宅に書く。テレビで音楽を聴き、しばし放心する。アシュケナージN響が最近快調(田園、七番など)。朝食。
朝吟行。首からカメラをぶら下げて30分程度(眼力毎朝鍛錬と今名づけた)。帰宅して、録画しておいたモーサテを観る。朝刊、ネットなど寄り付きへ向けて準備。
という訳で昨日の朝吟行で久しぶりに短歌を得た。買いで二回も取れてまずまずの昨日であった。相場戦術の基本(日経ミニスイングトレードこれであなたも負けられない)については別途掲載の予定。
もうこんなこともすっかり昔話になりつつある。
そういえば、九十三歳で天寿を全うした富安風生が八十一歳の時に「この世に“思い残すことはない”などと語る人の言葉をきくと、何かそらぞらしく、ウソをついているなと思えてならんのです。(中略)自分自身のために、死ぬるまで、明日を待ち楽しむ気持で、一日一日の命を大事にしたいというだけの事です。」との言葉を残しているそうだ。
一期一会、一日一日の命=楽しみである。
俳句写真吟行で絵になりそうな獅子をみつけた。これを句にしようとしたけれど難航。そこでしようがないから無理筋で短歌にしたのが上の歌だ。
「木瓜守る獅子の居りたり健さんの」までは「唐獅子牡丹」に導くための序詞(じょことば)であると後付けでカッコつける。ちなみに、もっとちゃんとした序詞使用例は佐佐木幸綱の次の秀吟である。
ゆく水の飛沫き渦巻き裂けて鳴る一本の川、お前を抱く
言いたいことは「お前を抱く」だけであって、それ以前は「お前」を導くための序詞である。短歌は運動場が広いからこんなことができる。俳句では難しい。
ところで、高倉健を織り込んで夏の季語の句ができてしまった。まことに句歌のネットワークは面白いとひとりよがっている。
昨日の日経夕刊「あすへの話題」のタイトルである。筆者は東京都老人総合研究所副所長鈴木隆雄氏という方で、高齢期要介護になる原因の数字をあげていらしたので記録しておく。
男性では圧倒的に「脳卒中」が多く四割以上、これに対して女性の「脳卒中」は二割ほど、かわって「高齢による衰弱・虚弱」「転倒・骨折」「関節疾患」が約半数とのことだ。だから「男は血管、女は筋骨」というコラムのタイトルとなっている。
そこで鈴木氏は「男性は中年期から血圧に注意し、禁煙に励み、適正体重の維持によって血管を若々しく保つことが重要」と書いている。おお、俺にぴったりやんかア。
また「一方女性は特に閉経以降、衰えやすい足腰の筋肉や骨の健康に特段の配慮が必要」とのことだ。そして「男女高齢にして仲良く運動せよ」とコラムを結んでいる。
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